セミコロンの向こう

ピリオドじゃありません。どっか別のところ行っちゃってます。本人もどこに行くかさっぱり分かってません。

2005-12

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こころ

通算で3回しか読んだことが無いのだけれど、漱石先生の『こころ』についてちょこっと。

僕自身最初にこの作品を読んだのが大学の1年のときで、友達もなかなか出来ずにいて、いわゆる5月病チックな時にこれを読んだからさあ大変。
ますます人間不信が加速した。
やっぱ人間てこういう生き物なのかなぁ…なんて思い、ニーチェをちょこっとかじったのもあの頃だった。
内容に付いて色々議論を深めるのは文学部の連中に任せるとして、この作品に対する僕の姿勢を書いてみようと思う。

人間社会において、この作品に出てくるような嫉妬とか欲望であるとかの感情は、有史以来殆どどの時代においてもその時代の流れを作ってきたのではないかと思う。
それが悪いとかではなく、人間である以上仕方ない。
それがイヤだったら、やはり無人島で生活するしか道は無いんじゃなかろうか?
社会と上手く付き合っていくということは、隣の人との利害を上手く調整するといったことが不可欠だと思う。
今のアメリカなんて、欲望を象徴してるようなもんだと思うし、韓国とか中国なんかは、色々な見方は出来るかもしれないが、日本に嫉妬している部分もあるはず。
「人類が全員幸せでありますように」なんていうのはやっぱり理想郷だろうし、動物にも権利があるなんて認めだしたら、人類は全員ベジタリアンにならざるを得ないわけで。
それ自体がすでに幸せじゃないと感じる人もいるだろうから、その辺りをやっぱり調整していかなくては難しい。
この作品では、このところを直に突いている。
そういった意味で、彼が「文豪」たる所以なのだろうし、現在でさえ多くの研究対象になっていたりするのだろう。

読んでいない人は、是非一読することをお勧めいたします。
そのときの精神状態によって、感じ方が大きく違うな、というのも一つ思いました。

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「小泉劇場」を振り返って

ちょっと遅れてR25を入手。
今年の内政、外交、憲法に付いて総括がなされていた。
総選挙のことは、このブログで全く触れなかったので、今更ながらちょこっと見てみようと。
ついでに外交、憲法のことに付いてもちょこっと。

内政。
9・11の総選挙では、小泉総理率いる自民党が圧勝に終わったのは誰の目にも明らかだと思う。
あまりニュースを見ていない僕がこのことに付いて色々口出しするのはどうかと思うけれど、やっぱり色々なところで言われている通り、マスコミが自民党のことを毎日のように取り上げて報道したことが最大の宣伝になったのではないか。
その取り上げられ方は、もちろん皆さんもご存知の通り「刺客を送り込んだ」だの「小泉劇場」だの言われてますが、テレビの宣伝効果は抜群だったってのが、今回の選挙で再確認できたことなんでしょうね。
しかも、主婦が見ているようなワイドショーでも毎日のようにひっきりなしに連日連夜報道している有様。
一生懸命こき下ろしているようでも、マスコミの方々は自民党の広告塔になっちゃっていたんですね!

それにしても、小泉首相のパフォーマンスと言おうか、演説力と言おうか、それには舌を巻くばかりだと思った。
「マスコミの頭は相当悪い」って事を、ちゃんと理解してるんですからねぇ。
インパクトのある事をやれば(それがマスコミウケの悪いことならなおさら)、どういう形であれメディアに取り上げられ、名前を売る事が出来る。
それが批判的なものであればあるほど、それを見る人には印象が強く残るのだから、いくら自民党以外に票を入れさせようとも、他が霞んでしまうのは自明の理。
ある友達も言っていたのだけれど、批判があればあるほど注目を集めるというのは真理だと思った。
その結果として、あの圧勝があるのだと思う。
後付けで色々分析するのはたやすい事だ。
それを先に読んで、どうしたら票が入るかをいかにして見極めるかが選挙戦の行方なのだと思った。どうでも良いけど選挙には行かなかったな。


外交。
これはもう過去のエントリーを見てください。
特定アジアをどうするか、お上も色々苦労しているんでしょうな。


憲法。
自民党が必死になって変えようとしているのは9条なんでしょうね。
さすがにもう「解釈」だけでは追いつかなくなっているところがあるのは十分把握しているんでしょうね。
それにも拘らず、アメリカに媚びを売る姿勢はあまり賛成できませんが。
こうまでアメリカの言いなりになっちゃってるんなら、もうアメリカの51番目の州になった方が良いんじゃないかと思うんですが。
とにもかくにも、自衛隊を「自衛軍」に改めようとしている。
公明党がどこまで食らいついてこれを阻止できるかどうかって感じになるんでしょうか。
自民党があれだけの議席を確保している以上、残すところ国民がどう判断するか、ってことになってくるでしょうな。
国民も、マスコミに踊らされるだけじゃなくて、改憲する事によるメリット、デメリットを十分把握した上での判断を下して欲しいと思う。
と、いうよりマスコミがその責任を負っているんだけどなぁ。
デメリットばっかり知らせてんじゃないよ、と。
そういった点ではあんまり既存メディアで情報収集したときには、その「逆」の情報をインターネットで調べてみる、ってのも大いにアリだと思う。
投票に行くのが「高齢者」とか「主婦層」ばかりだと思われた今、絶対にマスコミはそういったターゲットに「反改憲」といったメッセージをマスコミが垂れ流すことは、容易に予想できるので注意が必要だと思う。
もちろん、様々な情報を基に「改憲すべきではない」という意見に達した1票ならば別なのだけれど。
各個人が「相対的思考」を持ってくれると良いのだけれど…。
うん、この「相対的思考」に付いては今度また書きます。

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大学教師

今日、ちょっとした用事で先生の研究室まで足を運んだ。
お願い事があって行ったのだけれど。
大学になると職員室じゃなくて「研究室」になるからダメだね。
しかも1人につき1部屋なわけ。
扉も中が見えないような鉄の扉だから余計に威圧的なのね。
普段から言いたいことを割とズバズバ言う先生なので、扉の前で躊躇していたのだが、そのまま誰もいない廊下でうろちょろしていると明らかに挙動不審だと思ったため、意を決して扉をノックした。

・・・ものすごく、良い人でした。
僕は大学教授って「頭でっかちで研究しか頭に無い」なんて偏見を持ってましたが(ウチの大学に限る)、それを見事に打破してくれました。
というか、その先生が一般教養科目の先生だから、ということも関係あるのかもしれないけれど。

考えてみると、僕は偏見に基づいて行動していることが多い気がする。
今回のこの事でもそうだけれど、ノックをするまでにどれだけの時間を要したことかw
これは、大学教師なんかに限った話じゃないなと思ってみたり。
初対面の人と打ち解けるのが苦手なんだけれど、こっちがそう思っている限り、向こうが勝手に僕に対して何らかのアクションをしてきてくれる可能性は、限りなく低いと思う。
同じように、言えることを思い切り言えるようにもなりたい。
だれかれ構わず暴言を吐くとか言う意味ではなく、意見が対立した時にそれに立ち向かう勇気というか何と言うか…。
持てる知識を最大限に発揮して、相手の言ってることに対して自分のそれが違うならば、自信を持って言いたい。
でも、僕はそこで一歩引いちゃう癖があるんだよなぁ。

良くない。
今年はもう終わっちゃうから、来年は「当たってみる」ってことを学びたい。
そこで砕けたって良い。にんげんだもの。
間違いを恥じるのではなく、間違いを正さなかったことを恥じるべきで、それが間違いだと気付いたときの自分は、胸を張っていてもいい。
そこで、自分が間違いだと認められる勇気も必要だと思うのだけれど。
色んな経験が必要だなぁ、とは思うけれど、やっぱり何にでも当たってみないとね。

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えーと・・・・・・

今日の電車での出来事をば。
以下吉野家コピペ

今日ね、家庭教師先のお宅に伺おうと電車に揺られてたわけですよ、電車。
そしたらなんか女子高生どもが7人掛けのトコ、5人で占領してるんです。
で、よく見たらなんか全員が全員化粧始めるわけですよ。
もうね、アホかと。馬鹿かと。
お前らな、化粧するために電車乗ってんじゃねーよ、ボケが。
化粧だよ、化粧。
なんか携帯で彼氏と話してるヤツもいるし。バカップルで電車か。おめでてーな。
クリスマスどこ行こっかー、とか言ってるの。もう見てらんない。
お前らな、うまい棒やるからその席空けろと。
電車ってのはな、もっと殺伐としてるべきなんだよ。
向かいに座った奴といつ喧嘩が始まってもおかしくない、
刺すか刺されるか、そんな雰囲気がいいんじゃねーか。女子供は、すっこんでろ。
で、やっと座れたかと思ったら、隣の奴が、任天堂DSやってるんです。
そこでまたぶち切れですよ。
あのな、DSなんてきょうび流行んねーんだよ。ボケが。
得意げな顔して何が、脳を鍛える大人のトレーニング、だ。
お前は本当に脳のトレーニングをしたいのかと問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。
お前、右脳活性化って言いたいだけちゃうんかと。
ゲーム通の俺から言わせてもらえば今、ゲーム通の間での最新流行はやっぱり、XBOX360、これだね。
テトリス ザ・グランドマスターエース。これが通のやるゲーム。
テトリスってのはいつもとそんなに変わってない。そん代わり価格が安め。これ。
で、それにオンライン機能(2人まで)。これ最強。
しかしこれを頼むと次からMS(マイクロソフト)にマークされるという危険も伴う、諸刃の剣。
素人にはお薦め出来ない。
まあお前らド素人は、エブリパーティでもやってなさいってこった。


うん、上手く出来ないやw

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Inportance of English

English is becoming more important today in Japan.
There are a lot of English conversation schools, and candidates for TOEIC or TOEFL are greatly increasing.

In Japan, students generally start learning English just as entering a junior high school.
Now, I've studied this embarrassing language for 9 years, but... whenever I read sentences, I'm so puzzled that I carry my dictionary with me at all time.
If I talk with an American, I'll show his or her off my English ability.
Of course, it's poor one.

But, I don't think the way to teach English in Japan is wrong one.
I'm afraid that the Japanese can't speak English so fluently, because we don't have opportunity to touch languages except our one.

Necessity is the mother of invention.

We can spend ereryday life without using English, so we don't have this "Necessity" except the English exam.
If we want to use freely, I think, we should stay abroad for some months or years.
So, I'd like to go U.K. or U.S. to touch their language, culture or way of thinking.

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僕がここにいる意味

正直、僕が存在しているということは、何の意味もないと思う。
僕だけではない、隣の人も、小泉総理も、ブッシュも、そしてもちろんあなただって。
視点をちょっとずらして考えてやればわかりやすいのかな?
例えば、酸素分子が空気中に1つ多かろうが少なかろうが、そんなことはどうだっていいし、大した問題にはしていないと思う。
視点を惑星レベル、銀河系レベルに持ってくれば、人間なんて生物の存在は、本当に本当にちっぽけなものだ。
けれどパスカルはこう残している。

> 人間はひとくきの葦にすぎない。自然のなかで最も弱いものである。だが、それは考える葦である。彼をおしつぶすために、宇宙全体が武装するには及ばない。蒸気や一適の水でも彼を殺すのに十分である。だが、たとい宇宙が彼をおしつぶしても、人間は彼を殺すよりも尊いだろう。なぜなら、彼は自分が死ぬことと、宇宙の自分に対する優勢とを知っているからである。宇宙は何も知らない。だから、われわれの尊厳のすべては、考えることのなかにある。われわれはそこから立ち上がらなければならないのであって、われわれが満たすことのできない空間や時間からではない。だから、よく考えることを努めよう。ここに道徳の原理がある。

「人間は考える葦である」というフレーズは、どこかで耳にした事があるだろう。
正直、僕が好きなのはその後なのからなのだけど。
そう、僕も、あなたも、誰もがちっぽけな存在なのだ。
この宇宙という広大な、本当に広大なものに比べれば。
地球レベルの台風や地震でヒーコラ言ってる人間が、宇宙なんかに敵うはずがなかろう。
地球が誕生してからおよそ46億年が経過し、宇宙が誕生してからおよそ150億年が経過している。
時間についても、人間はちっぽけな存在であることには変わりない。

しかし、我々は考える事が出来るのである。
思考は宇宙を包む。
そのとき、初めて人間というちっぽけで矮小な存在が、宇宙という広大な存在に関わる事ができよう。
酸素原子と人間の違いは、自ら考える事が出来るか否か、である。

人間が思考を始めたとき、初めて「意味」というものが出てきたのだ。
「生きる」という行為を通じて「意味」を考える事が出来るのである以上、それについてあれこれ議論する「意味」はあまりあるとは思えないというのが、僕の見解です。
生きる意味だとかそんな小難しい事は、天寿を全うしてから考えましょうや。
まだロクに生きていない人間にそんなこと語る資格って、まだまだ若輩の僕には持ち合わせておりませぬ。

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柏、J2降格

まさかの完敗…というか、惨敗。
あ、いや、別に柏のファンって訳ではないけれど、近くに住んでるもんだから試合が…っていう理由で。
甲府の6得点(全てバレー選手)を誉めるべきか、柏の6失点を嘆くべきか。
それにしてもヴェルディも降格しちゃったからなぁ。
あの守備はあり得ないと、ヴェルディファンの友達が申しておりましたw
まあ、J2で鍛え直して再びJ1での活躍を期待しています!

僕?
エスパルスは当然J1に残ったに決まってるお( ^ω^)

「知は力なり」 by F.ベーコン

今日ほど、このタイトルの様に感じた事はなかった…。
何がって、みずほ銀行の例の騒動ですよ。
株とか多少かじった人なら分かるような話なんでしょうが、僕はもう何が何だか…。
説明されて、おぼろげながら漸く全体像を掴めたって感じだからなぁ…。

やっぱり、知らないことは知ってるってことに対して、ものすごく不利な状況だと思う。
今日のこういったこと一つ取っても、1つの出来事が理解できるか否かってことはすごく大きい気がする。
テストが出来る出来ないなんかよりも、全然大事だと思うのだが。
別にテストが出来ないから言ってるんじゃなくてw
「専門性を身に付けなさい」なんて言ってるウチの教授連中に言わせれば、こんなの知らなくても「ホラ、ちゃんとこの法則が成り立つからこうなるだろぅ」なんて言うんだろうなぁ。
ああいや、専門にいる人をバカにするわけじゃないけれど。

雑多な知識をたくさん持ってるってのは、結構重要じゃないかと思ってみたり。
それだけ、視野が広がりますもんね。
そういった意味で、常に新しい知識には貪欲でありたいと思う。
将来上司とか取引先の相手と飲みに行ったとき、いつも巨人が勝っただの負けただのって話をするのはまっぴらごめんですから。

同じような意味で、色んな経験をしないとなぁ…とも思った。
勉強するのも結構、サークルするのも結構、バイトするのも結構、本を読みまくるのも結構、恋愛するのも結構。
どういったことするのも、その人を確実に成長させてるはずだと思う。

ただ、間違った知識を植えつけられる人間にはなりたくない。
敢えてこの場でどちらが正しいとか言うつもりは無いけれど、例えば戦争に対する歴史認識とか。
そういったことを判断できるのは、権力とかいう怪しいものなんかより、自分のこの頭だと思う。
そこでもし間違ってても良いじゃないですか。
そんなもの、訂正できるんですもの。
でも、そういった柔軟な対応であったり、相手の意見に全く耳を貸さないような人にはなりたくないなぁ。
まぁ、さっきの話の流れで行けばどの人々かはお分かりになられるかと思いますがw

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魔のスパイラル

世の中には、やればやるほど悪化していくことがよくある。

薬は適量飲む分には、病気を治したり免疫力が向上したりと、何かと役立つ。
その一方で、飲み続ければ副作用に悩まされたり、量を徐々に増やしていかないとその効き目に慣れてしまって効果が薄くなっていくということもあるようだ。

麻薬は、吸った直後は気分が良くなる(らしい)。
時間が経過すると共に、気分が悪化し、やがてもっと麻薬が欲しくなる。
しまいには、麻薬漬けとなってしまい、それ無しではどうしようもなくなってしまう。
麻薬を買う金欲しさに、(他の)犯罪に手を染めるといった事件はよくあるんじゃないかと思う。

除菌、抗菌といった言葉が出てきて久しい。
こういったことにこだわりすぎたため、現代人は昔の人(といっても、今の40~50代より上の人)よりも菌に対する抵抗力が落ちたと言われている。

公務員はその部署に割り当てられた予算を、必ずといっていいほど使い切るように言われる。
予算を余らせると、次の年は減額されてしまうからだ。
こういう点では、民間企業とは全く正反対のことをやっていると思う。
ともかく、こういったシステムになっている以上、予算が減ることはなく、雪だるま式に増えていくとはよく言ったものだと思う。

こういったことを脱却することはなかなか難しいと思う。
具体的解決策はこうだ!と、簡単にそういったものを示しにくい。
ただ、どこかで流れを一回断ってみて初めてどうなるか分かるのであって、容易に「それを止めればいい」などというのはお門違いも甚だしいと思う。

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「幸せ」の定義

高校のときの友達が、ブログ内で問題提起されました(随分前の話ですがw)。
これについてちょっと考えてみたいと思います・・・。


>満足した豚よりは、満足しない人間である方がよい。満足した愚か者より、満足しないソクラテスである方がよい…

では幸せなのはどちらだろう?



「幸せ」って、結局世間が見て決めるものじゃなくて、自分がどう感じるかだと思う。
「幸せそうだねー」なんて言われてても、実際そうでなかったりする事も多々あるみたいだし。
そういうのを「価値観の違い」、なんて呼んだりもしますが。
高級官僚になって、国を動かしていくのに幸せを感じる人もいるだろうし、医者になって多くの人を救うのが幸せな人もいる。
おいしいラーメンを食べれて幸せな人もいるだろうし、万馬券を手にして幸せな人もいる。
たった一人を愛し続けることが幸せな人もいるだろうし、色々な人を相手にするのが幸せな人もいる。
「幸せ」と一言に言っても、そこには十人十色の幸せがあるだろうし、それに対してケチを付けるのはお門違いなんじゃないかと思う。

「自分が幸せだから相手も幸せになるはずだ!」といって自分の価値観を相手に押し付けている究極の連中が、僕はアメリカだと思っています。
イラクは実際にはフセインに統治されていた方が幸せだったのかもしれない。
アメリカは「自由をもたらした」なんて言ってますが、自由が本当に幸せなのかどうかも怪しい。
アメリカ人は世界中の国の人が英語を喋れると思っているなんてよく言うけれど、まさにジャイアニズム。
万人共通の考え方なんてあるはずないし、ましてその幸せの形だって多種多様だろう。
そんなとこに他人が干渉してくるなんて、小さな親切大きなお世話ってやつなんじゃないかと。

戦争が100%悪だなんて言うつもりはさらさら無い。
ただ、上のような大義名分を振りかざして戦争を吹っかけるよりも、お前ら邪魔だからどけ、って言って戦争始めたほうが、まだ可愛げがあるって気がするのだが。
敢えて言えば、「アメリカの幸せ」の為なんでしょうが。

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マンガ「嫌韓流」について

なかなか鳴り止まない韓国、中国バッシングの嵐(注:ネット上だけだけど)。
そうした動きに対して、既存メディアが取った行動をちょっとウォッチしてみましょうか。

今年の夏に発売された「マンガ嫌韓流」。
発売前から相当物議をかもしていた。
どこの出版会社からも断られ、さらにどこの新聞社、出版社からも広告の掲載を断られていたらしい。
朝日新聞に至っては、売り上げランキングに入ってるにもかかわらずこれを掲載しない始末。
実際、書店に行くかインターネットを見ていない限り、この本の情報を得ることは難しかったのではないかと思う。

こうした一連の動きを見てみると、どうもこれを抑圧しようと思っているに違いない。
ある特定の団体だけではなく、よってたかって、である。
これがアメリカとかだったらどうなっていたのか?
ここまで対応が酷い物だっただろうか?
こうまでして必死にマスコミ連中が隠そうとする理由はなんだろう?

必死に隠そうとすればするほど、口コミやネット上で話題になる。
「見ちゃダメ」って言われて、見たくならない人なんているのだろうか?
むしろ見ようという気を煽ってるような気も…。
内容についての話をするつもりは無いけれど、この対応はひどい。
ある意味、中韓両国に対するバッシングはタブー視されているのかもしれない。
そうなると日本のメディアは情報操作されてることになるなぁ。
ま、どの国も少なからずあるんだろうけどさ。

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追記:
amazonのBest of 2005 和書で1位を獲得したそうです。
バカの壁とか、世界の中心で愛を叫ぶの時にはあんなに大騒ぎしたのに…。
ま、そういう扱いなんでしょうね。

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