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セミコロンの向こう

ピリオドじゃありません。どっか別のところ行っちゃってます。本人もどこに行くかさっぱり分かってません。

2005-11

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心理学

コップの中に水が半分入っている。
あなたの目の前にそれがあるとき、あなたはそのコップの中にある水を「半分もある」と見るか、それとも「半分しかない」と見るか?
半分もある、と答えた人は心の奥底では、今現在の状況に満足しているが、半分しかない、と答えた人は心の奥底では、今現在の状況に満足していない。
自己実現をさせようと思ったら、まずは心の持ちようを変えることがとても重要になってくるだろう。
よくないことがあったからといって、そこでくさったりせずに、自分にプラスになるように考えるといいだろう。

   

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「個人」は解放されるべきか否か

individual
Individual means relating to one person or thing, rather than to a large group.」(『COBUILD English Dictionary』Collinsより)

個人
「国家または社会集団に対して、それを構成する個々別々の人。単一の人。一個人。私人。」(「広辞苑 第五版」岩波書店より)


この概念は、今現在、もう日本に馴染んだのだろうか?
日本に最初に入ってきたとき、この言葉を日本語に置き換えたのは、確か夏目漱石だったと思う。
彼は、この「個人」、つまりindividualということについて一生かけて考え抜いたんではないのかと思うのだが。
『私の個人主義』という題目で公演もしたことがあるらしい。

兎にも角にも、海外(特に欧米)からこの概念が「輸入」されたのは、ほぼ間違いないだろう。
それまでの日本は「没個性」とでも言おうか、集団を最優先させること、というよりむしろ、「私」はほぼ無いようなものだったんじゃないか…?
親が連れてきた相手と結婚したり、ある程度の年齢になったら稲刈りに参加したりするのは「当たり前」だった時代には、そもそも反抗期なんてものは無かったんだろう。
考えてみれば自分を主張する根拠が無い以上、はね返りをしようとも考えないと思う。
親が子供に教育(という名の押し付けかもしれないが)をするときの根拠は、「俺もそういう風に育てられたから」ということなのだろう。
代々そうなんだから、逆らうなんて考えるんじゃねえ、そういうことなのかもしれない。
悪い方に転んでしまったら、それは自分の責任じゃなくて、世間がそういう時代だということを、肌で感じていたのだろう。
「五人組」という制度も、この文化における象徴的なものなんじゃないか。
お隣の国のように、統治者がコロコロ変わったりしなかったのも、ある意味では統制されていた面があるからだろう。

逆に、欧米を中心とした国々では、この「個人」という概念が昔から根強くあったようだ。
それもそのはず、キリスト教では神様から常に見られているから、一挙手一挙動全てが、自分の物として認知される。
他人との関係というよりもむしろ、神との関係の方が強い、と考えている人がかなりいるんじゃないかと思う。
自分の行動は、全て自分にはね返ってくる、結果は結果で自分が全て引き受けなくてはダメだ。
自己実現、自己責任、自己決定、自己管理、自己……。。。

どちらが良いとか悪いとか、そういった優劣を付けるつもりは更々無い。
どちらにも一長一短がある。
「個人」という概念が輸入された以上、「自分」というものを規定する、いわゆる「アイデンティティー」が叫ばれるようになり、さらにはそれを確立できない青年たちが「自分探し」などと言って、進路選択を自分で選んで、自分が本当にやりたい仕事こそ自己実現の第一歩だという語り方がなされるようになる。
少なくとも、今現在の学校教育は「自分で進路を選んで、本当に自分のやりたいことを、自分の責任の下にやるんだ」という励まし方をしている。
間違っても「親がここに行けって言ってるから、ここにしなさい」とか、「就職率が大学卒の方が良いからそっちにしなさい」とかいう指導方法は、あまりメジャーではないと思う。
もう一度言うが、優劣とか正誤を決めるつもりも無いし、そんなものも無いと思ってる。
このバランスが傾きだすと、危険だなとは感じるけれど。

客観

客観
「主観の作用とは独立に存在すると考えられたもの。客体。」(『広辞苑 第五版』岩波書店より)


果たして数字は「客観的価値」であると言えるか?
数字というか、自然科学全般の学問体系としてそれは「客観的」であるといえるのかどうか。
数学を煮詰めていくと、結局のところ「哲学」の領域に踏み込むのは、こういった問いが背景にあるからなんじゃないかと思う。
直接的に語られることは無いかもしれないけれど。

ゲーデルだったと思うけれど、この問いに一石を投じる回答を出した。
「自己矛盾性」の発見とでも言おうか、「自己言及性」とでも言おうか。
良く知られている自己矛盾性を示すものとして「『クレタ人は嘘つきである』とクレタ人が言った。」という一文がある。
この解説はあちこちのサイトや文献でなされているので、ここでは割愛させてもらうけれど、これと同じ矛盾が数学(に限らないが)にも生じることを証明したのだ。
「人間の介入が無い」と仮定した数学の世界においても、「客観的」に真偽の判断が出来ないことが存在することが証明されてしまった以上、「数学」の正しさが証明できないことも証明された訳だ。
宇宙の真理の如く扱われてきた数学も、正しいかどうかは証明できない。

ところで、数学は人間がいなくても存在し得る存在か?(主観に依存しないか)という問いには、僕はやはりNoだと思う。
「これが宇宙の真理だ!」なんて言って小難しい方程式を羅列したところで、それが妥当だということが確認できても、「絶対に」正しいということは証明しようが無いのだから。
人間によって作られた「矛盾の無い理論体系のなか」では、自己矛盾する理論が出てくるのかもしれないけれど、人間(主観)が介入しないところでは、自己言及をしたとしても矛盾無く正しい体系があるのかもしれない。
それは「分からない」ことだと思うし、あったとしても気付かなかったり、人間の介入が及ばないのではないか。
なぜなら、それが上で示した「主観」の定義だと思うからだ。

相対的に見て、「こっちの方が主観の介入が少なそうだ」という意味で「客観的」だと判断することはあるかもしれないが、「それって客観的じゃない」などという発言は、さも自分がそこに至ったような口ぶりで、僕はあまり感心しない。
そういった人は、最初から他人の意見なぞ聞く耳は持っていない。
主観というのは、何も自分だけを指すのではないと思う。
敢えて定義するのなら、「神以外の全ての生命体」といったところだろうか。
要は、まさに「神のみぞ知る」という言葉が示す通りなのだと思うのだが。

松井すげえええ!

>松井圧勝4年62億円、提示大幅に上回る日本人最高
辛辣メディアに一時は「結局は金」のレッテルも

長引く松井の再契約問題を10日付ニューズ・デイなど米紙には批判的な論調もあった
 【ニューヨーク15日=久保木善浩】松井秀喜外野手のヤンキース残留が決まった。最終的に球団側が提示した4年5000万ドルを上回る4年5200万ドル(約61億8800万円)で再契約に合意した。これでイチローをしのぐ日本人メジャーリーガー最高額を勝ち取り、得たものは大きい。しかし「結局は金」の印象を強くしたのも事実で、これからマイナスイメージを払拭するのは並大抵のことではない。
(ソース→http://www.zakzak.co.jp/spo/2005_11/s2005111601.html)


凄いとしか言いようがないような気もするけど、でもそれだけのことをやってのけているんだったら、堂々とそれに見合った賃金をもらえば良いと思う。
要は、それを出来ない人間が出来る人間に対して妬んでるだけにしか見えないんだけど…。
あくまで年棒というのは、その人に対する客観的な評価としてのものさしになるものだから、ヤンキースで世界を相手にあれだけの活躍をしていれば(集客能力も含めて)、それに見合った対価を受けれるのは当然だと思う。

日本人もそうだけど、どうも金が絡むとバシバシ叩きたがる連中が多い気がするのだが。
自分が同じ立場になったら、同じだけの才能と実力を兼ね備えていたら、「いや、僕はファンの為にプレーするからお金は要らないです」なんて言えるのか。
「自分がどれだけ必要か」というのを口だけで説明されたって、そんなの嘘八百並べ立ててみても良いわけだから、もっと客観的に見て評価してくれと言った訳で、それが傲慢だとか金の亡者だとか批判されると、彼らも立つ瀬がないと思うのだけど。
もちろん、それに見合ったプレーをするってのは当然だが、金を吊り上げたらいけないのか、そんなに金は汚い物なのか。

double standard

double standard
「If you accuse a person or institution of applying double standards in their treatment of different groups of people, you mean that they unfairly allow more freedom of behaviour to one group than to another.」(『COBUILD English Dictionaly』Collinsより)

ダブル・スタンダード
「二重基準。対象によって異なる基準を用いること。」(『パーソナル カタカナ語辞典』学習研究社より)
「本音と建前など、意見・立場の二重性などを指摘する言葉に使われることが多い。」(Wikipediaより)

友達の家に行ったとき、アメリカ帰りの彼と牛肉輸入の話になった。
そのときの話で出てきた言葉が「ダブルスタンダード」。
アメリカはBSE(牛海綿状脳症、Bovine Spongiform Encephalopathy)が出た国からの牛肉の輸入を禁止している一方、アメリカ国内で出たBSEにはお構いなしで、日本に輸入再開を強く迫っているみたい。
で、つい最近日本は遂に輸入再開を決定したらしい…。
条件をいくつか付け加えて、って感じらしいんだけど。

うーん…。
アメリカといい、中国といい、韓国といい、自国の利益ばかりに目が行き過ぎてる気がするなぁ。
そういう葛藤が貿易摩擦なんていった形で出てきちゃうんだろうけど、ジャイアニズムを発揮されるのはいい気がしない。
ま、そういうことを突っ返せないのが、今の日本外交ってことなんでしょうけど。
YesとNoだけで決められないことって、世の中にたくさんあると思うのは僕だけなのかなぁ…?

日本国憲法

今日、カテキョ先のお宅に向かう途中で共産党のポスターを見かけた。
そこには、「憲法9条を守ろう」みたいなことが書いてあったわけだけど…これについてちょこっと。(参考:共産党の政策→(1)大企業(独占資本)へのさまざまな民主的規制と、軍縮や無駄な公共事業の中止を財源とした社会保障の充実。(2)対米従属を批判し、日米安全保障条約の廃棄と非同盟・中立の日本を実現する。特に軍事同盟・軍事ブロックからの離脱をうたっている。(3)憲法改定を許さず民主主義の徹底を図る)

そもそも論として、日本国憲法って日本人が制定したものじゃなないんですよね(こんなの中学生でも知ってます)。
共産党議員の方々は基本的にアメリカ嫌いなんでしょうから、(2)と(3)って矛盾してるんじゃないかなぁと思うんだけど…。
何だか、印象としては第二次世界大戦後、日本が二度と反抗できないように、名目上は「平和主義」なんつって戦力の不保持とか約束させられちゃったりしてる感じなんですが。
狩ってる犬がちょっと噛み付いてきたから、「もうおとなしくするんだぞ」って言って、罰を与えられた後みたいになってるん気がする。
民主主義とか平和主義なんて大層なこと言ってるけれど、この外国人の手による憲法は、日本を腑抜けにさせるための憲法ではないかと睨んでいるくらいだ。
いや、この憲法自体を否定しようというものではないけれど。
この憲法(東京裁判とか)を認めている限り、日本はアメリカの51番目の州ですって認めちゃってるようなもんですよね。
まぁ…憲法学者とか法律学者の見解を待つことにしましょうか。

たばこについての認識

>喫煙が脳の老化促進 兵庫大学の研究で判明 2005/11/11

 喫煙によるニコチンが脳の神経細胞を新しくつくり出す働き(新生)を妨げ、脳の老化を促進することが、兵庫大学(加古川市)健康科学部の鬼頭昭三教授(78)=神経内科医、脳科学=と新郷明子助教授らのグループの研究で分かった。集中力を高めるのに有効ともされてきたニコチンだが、愛煙者がよりどころとしてきた“効用”に疑問を投げかける結果で、喫煙の害をさらに証明する研究として注目されそうだ。十二日から米・ワシントンDCで開かれる北米神経科学会で発表する。(神戸新聞より)
(ソース→http://www.kobe-np.co.jp/kobenews/sg/00043859sg200512111000.shtml)


最近思い始めてきたことなんだけど、正直こういった(たばこが健康に悪影響を及ぼす的な)ニュースが出てくる度に、こんなことは喫煙者・愛煙家にとってみれば、ホンットーに取るに足らないことなんだろうなぁと感じるようになってきた。
全員が全員そうだというわけではないけれど、一時の快楽(喫煙)>>>>(越えられない壁)>>>>>>>自分の健康って人多いんじゃないかと思う。
まぁ、百歩譲って自分の健康は良いとしよう(医療保険費とかの問題も見逃せないのだが)。
困るのは、嫌煙者の健康を全く気遣っていないという点である。
いや、確かに指定喫煙所以外で吸わないように心がけている人や、歩きたばこを控えている人もたくさんいるのは事実だ。
けれど、それ以上に多い気がするのだ…「ジコチュー」な日本人が。
嫌煙者の立場から言わせていただくと、たばこを1本吸うことは、吸っている地点から半径5メートルの中にいる人間を全員5発ずつぶん殴っているのと同じくらいの気持ちを持って吸ってもらわなければ、困る。

日本政府も、もうちょっと縛り上げても良いと思うんだけどなぁ。
厚生省は、たばこの害を憂慮して規制をかけようとしたらしいんだけど、大蔵省が待ったをかけたらしいんだよなぁ。
なんでも、「たばこ税」による税収が減少するから、ですって。
目先の雀の涙ほどの収入よりも、後々重くのしかかってくる高額医療費を取りましたか。
まぁ、良いんだろうけどさー。
アメリカがあれだけタバコに関して規制をガチガチに敷いている割に、生産量世界第一位で、しかもその最大の輸出相手が日本だってこともなんだかなー、とは思ったりするのだが。

参考:宇宙船地球号のゆくへ「命よりマネー、日本のタバコ事情」

子供に見せたくないテレビ

>たかがテレビじゃないか 子供に見せたくない番組対決 [ 11月08日 10時00分 ] ゲンダイネット

「週刊文春」が恒例の読者1000人アンケート「わが子に見せたくないタレント・TV番組ワースト20」の結果を発表した。
 で、番組部門の1位は予想通り「ロンドンハーツ」(テレ朝)。堂々の3年連続である。B・C級女性タレントを並べてそのメンバーの一人に「誰のパンツが一番汚れていそうか?」みたいな格付けをさせる。この「出演者が互いに選び合う」という“悪魔の仕掛け”を考案したところがミソだ。
(ソース→http://www.excite.co.jp/News/entertainment/20051108100005/Gendai_18450.html)


昔から「臭いものには蓋をしろ」って言われてたけれど、この番組(というか、ランキングの上位に上がってきている番組)は敢えてそういった部分(人間の醜さ)を見世物にしている…と思う。
良い悪いは特に言及するつもりはないけれど、リンク先にもあるように、「恥の文化」といった部分はとっくの昔になくなってしまったのかなぁ、とは感じるのだが。
アメリカ化してきたというか、なんというか。
いやだから、それが悪いとかじゃなくて、アメリカに右に倣えってことが進んでるなんて思ってるのは間違ってるんじゃないのかなぁ、とは思ってみたり。
考えてみれば、テレビ局はある意味では視聴者が求めてるものを提供しているとも考えられる。
視聴率が取れなければ、自動的に打ち切られる事は目に見えているだろうから。
見せたくない番組ランキングで第一位になったとしても、視聴率自体は取れているのだから、テレビ局側としては終わらせる理由が無い訳で。
反対している人々と、楽しんで見ている人々との齟齬が埋まらない限り、こりゃもうどうしようもないよなぁ。

人身事故に際して思う事

今日もいつものように家庭教師先に向かう途中、電車に乗ったところ、人身事故のため動かない、と。
ま、5~10分くらいで動くだろうなぁ、などとタカをくくっていたところ、僕の期待を大幅に裏切り、何と50分も遅れが出た。
若干早めに出発したつもりだったのだけど、当然遅刻。
申し訳ないことをしてしまったと、今は反省している。
……ん?ちょっと待った!
何でオレが反省しなきゃならないんだ?
こうなったのって、誰が悪いんだろ?

高校の時にバスで通っていた頃、定刻通りにバスが着かなかったので朝礼に遅れた。
担任に「バスが遅れました」と報告したところ、「まずすいません、だろ?バスの運転手にここに来てもらって謝ってもらうのか?」と出席簿で叩かれる。
え?ちょ、それってオレが悪いの…?

どちらも、僕の不注意で遅れてしまったのだろうか?
そうだとも言えるし、そうじゃないとも言えると思う。
「事故は起きるもの」と見越して、安全に安全を重ねたような時間に出発しなかったのは、僕の不手際だったのかもしれない。
そう言われれば、確かにそうである。
が、「もしかしたら道端で1万円札拾うかも」なんて心配して歩いてる人が殆どいないように、事故が起きるかもっていう心配を常日頃から考えてる人って、そう多くはないと思うのだが。

もしかしたら、この場合の「すいません」には、謝るって意味は持たないのかも。
なんていうのかな、相手も少なからずイライラしてるだろうから、「おい、ちょっと機嫌直せや」くらいの感じだったり。
入社試験とかでこういう事態になったときに、遅刻したからってそんなんじゃダメだよー、って言われたらショックだろうなぁ…。
ま、何らかの対応を講じてくれるとは思うけれど…。
うーん、僕は間違ってるのかなぁ?
責任転嫁しちゃってるのかもしんないって思うと…。
皆さんは、どう思います?

母親を毒殺、16歳少女逮捕

>高1女子、母親に劇物 ブログで“観察日記”、衰弱していく様子記述

 静岡県伊豆の国市で県立高校一年の女子生徒(16)が劇物のタリウムを使って母親(47)を殺害しようとした事件で、女子生徒がインターネット上の日記「ブログ」に、タリウムを投与する経過や、衰弱していく母親の様子とみられる“記録”を公開していたことが一日、静岡県警少年課と三島署の調べで分かった。県警は押収したパソコンなどから、書き込みが女子生徒のものと断定。これを決め手の一つとして逮捕に踏み切っていた。女子生徒の心理状態などについても、県警は詳しく分析を進める方針だ。
(ソース→http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20051102-00000003-san-soci)

まとめ→http://www.yuko2ch.net/doku/

ものすごく、ものすごく恐い…。
この事件の犯人である少女と、この少女が崇拝してやまなかったといわれている、グレアム・ヤングという人間が…。
この二人に類似している事は、人の死を全く無機物なものだとしか見ていないことだ。
少女は、自分の実の母親が苦しむ様を、冷静かつ客観的にブログに書き留めている。
それでも、彼女らは僕たちと同じ、人間なのである。
どう、違うのか…。
僕には今、この質問の回答を持ち合わせていない。
特筆すべきは、2人は勉強などの知識は半端じゃなく豊富で、世間的に言うところの「頭がいい」と呼ばれているような人間だ。
みなさんは、この少女を更生させることが出来るとお思いですか?
僕には、この人の考えていることは、現時点では全く理解できない…。

小泉人事

>小泉首相は31日、内閣改造を行い、第3次小泉改造内閣の顔ぶれが決まった。
(敬称略)
 ◆首相 小泉純一郎
 ◆総務・郵政民営化 竹中平蔵
 ◆法務 杉浦正健
 ◆外務 麻生太郎
 ◆財務 谷垣禎一
 ◆文部科学 小坂憲次
 ◆厚生労働 川崎二郎
 ◆農水 中川昭一
 ◆経済産業 二階俊博
 ◆国土交通 北側一雄
 ◆環境・沖縄北方 小池百合子
 ◆官房 安倍晋三
 ◆国家公安委員長・防災 沓掛哲男
 ◆防衛 額賀福志郎
 ◆経済財政・金融 与謝野馨
 ◆規制改革・行政改革 中馬弘毅
 ◆科学技術・食品安全・IT 松田岩夫
 ◆少子化・男女共同参画 猪口邦子
 ◆少子化・男女共同参画  猪口邦子
(ソース→http://www.yomiuri.co.jp/main/news/20051031it11.htm)


官房長官に安倍晋三氏、外務大臣に麻生太郎氏を起用した事で、特定アジアの国がご立腹になっているみたいです(安倍氏、麻生氏はいずれも中韓からマークされている要注意人物)。
小泉首相は、中韓からの反発があるのを当然承知の上でこの人事を行ったのだろう。
とすれば、この人事からある程度の「覚悟」とでも言おうか、小泉首相のそういった部分が見えてくる。
10月17日に靖国参拝をしたが、予想以上に中韓からの反発も少なく、これにある程度乗っかった形での人事では、と僕は見ています。
何度も言いますが、僕は右じゃないですのでw
でも、今現在のマスコミや教育の、日本をこき下ろす姿勢にはどうにも同調出来かねるところがある訳で。
本当の「国益」って、近所の住人に媚びへつらって得ていくものじゃないんじゃないか…?
自国民の為に毅然とした態度で外交に臨んでくれるであろう、麻生氏や安倍氏に期待を寄せつつ、これでもかと言わんばかりにこの人事を叩きまくっているマスコミの方々に同情いたしますw


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